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広島地方裁判所 昭和34年(わ)320号 判決 1963年3月18日

被告人 谷川国雄 外一三名

主文

一、被告人谷川国雄を懲役八月に、

同住田富佐登、同小嶋倉七、同吉原猛、同高杉誠三、同加藤寛策、同頼実亮之助、同児玉猛夫および同師岡清美を、いずれも懲役弐月に、

同打坂実を懲役参月に、

同品川正慶および同三雲義彦を、いずれも懲役六月に、

同藤川定夫を懲役四月に

各処する。

二、ただし、この裁判確定の日から参年間、右各被告人らに対する刑の執行を猶予する。

三、被告人谷川国雄から九千円、同住田富佐登、同小嶋倉七、同吉原猛、同高杉誠三、同児玉猛夫および同師岡清美から各壱万円、同打坂実から壱万四千円、同品川正慶から壱万七千円、同頼実亮之助から壱万五千円、同三雲義彦から壱万弐千円、同藤川定夫から五千円を、それぞれ追徴する。

四、被告人住田富佐登、同小嶋倉七、同吉原猛、同高杉誠三、同加藤寛策、同頼実亮之助、同児玉猛夫および同師岡清美に対し、選挙権および被選挙権を有しない期間を短縮し、これを四年とする。

五、(訴訟費用の負担―略)

六、被告人加藤寛策に対する公訴事実中、新藤郡治らから現金五千円の供与を受けたとの点につき、同被告人は無罪。

七、被告人世羅良夫(同被告人に対する昭和三四年六月四日付起訴状記載の公訴事実中第六記載の事実)は無罪。

理由

(被告人世羅義夫を除くその余の被告人に対する罪となるべき事実)

被告人らは、いずれも昭和三四年四月八日告示、同月二三日執行の広島県議会議員選挙において、同県高田郡から立候補し当選した岩崎譲亮(以下単に岩崎候補と略称する)の選挙運動に従事した者であるが、

第一、被告人吉原猛は、同月五日頃、同県同郡同町大字吉田九九番地の二の自宅において、平原敏一から、岩崎候補のため主として演説による選挙運動の依頼を受け、その報酬等として供与されるものであることの情を知りながら現金一万円の供与を受け、

第二、被告人児玉猛夫は、前同日頃、同県同郡同町大字常友一、三二三番地岩崎譲亮方において、平原敏一から岩崎候補のため投票取纒め等の選挙運動の依頼を受け、その報酬等として供与されるものであることの情を知りながら現金一万円の供与を受け、

第三、被告人住田富佐登は、同月六日頃、右岩崎譲亮方において、平原敏一から前同旨の依頼を受け、その趣旨で交付されるものであることの情を知りながらその報酬等として現金一万円の供与を受け、

第四、被告人品川正慶は

一、前同日頃、前記岩崎譲亮方において、平原敏一から前同旨の依頼を受け、その報酬並びに買収費等として供与されるものであることの情を知りながら、

(一) 前同日、前同所において現金二万円

(二) 同月二〇日頃、同県同郡同町大字吉田一、三三一番地いろは旅館において現金一万円

の各供与を受け、

二、岩崎候補に当選を得しめる目的をもつて、

(一) 同人の立候補届出前である

(イ) 同月七日頃、同県同郡甲田町大字下小原八三〇番地常友晴夫方において、同人に対し岩崎譲亮のため投票並びに投票取纒め等の選挙運動を依頼し、その報酬等として現金二、五〇〇円を供与し、

(ロ) 同日、前同所において、右常友に対し、前同旨の選挙運動をなすことの報酬として、選挙運動者沖村秀登に供与させる目的で現金二、五〇〇円を交付し、

もつて事前の選挙運動をなし、

(二) 同月一二日頃、前記岩崎譲亮方において、山本勝亮に対し、岩崎候補のため投票並びに投票取纒め等の選挙運動を依頼し、その報酬等として現金二、〇〇〇円を供与し、

(三) 前同日頃、同県同郡甲田町大字下原二四八二番地の自宅において、玉井種一に対し、前同旨の依頼をなし、その報酬等として現金一、〇〇〇円を供与し、

(四) 同月一六日頃、前記常友晴夫方において、同人に対し、前同旨の依頼をなしその報酬等として現金二、〇〇〇円を供与し、

(五) 前同日頃、同県同郡甲田町大字上小原三五〇番地沖村秀登方において、同人に対し前同旨の依頼をなしその報酬として現金二、〇〇〇円を供与し、

(六) 前同日頃、前同町大字下小原二八三二番地沖坂寅一方において、同人に対し前同旨の依頼をなしその報酬として現金一、〇〇〇円を供与し、

第五、被告人小嶋倉七は、同月七日頃、前記岩崎譲亮方において、平原敏一から、岩崎候補のため主として演説による選挙運動の依頼を受け、その報酬等として供与されるものであることの情を知りながら現金一万円の供与を受け、

第六、被告人師岡清美は、同月七日頃、前記岩崎譲亮方において、平原敏一から、岩崎候補のため投票取纒め等の選挙運動の依頼を受け、その報酬等として供与されるものであることの情を知りながら現金一万円の供与を受け、

第七、被告人高杉誠三は、同月一〇日頃、同県同郡美土里町大字北三〇八番地の一の自宅において、平原敏一から、前同旨の依頼を受け、その報酬等として供与されるものであることの情を知りながら現金一万円の供与を受け、

第八、被告人谷川国雄は、

一、(一) 同月一〇日頃、同県同郡吉田町大字吉田一三四〇番地毎日新聞販売店岩崎安男方において、平原敏一から、前同旨の依頼を受け、その報酬等として供与されるものであることの情を知りながら現金五、〇〇〇円の供与を受け、

(二) 同月二一日頃、前記いろは旅館において、平原敏一から前同趣旨の下に供与されるものであることの情を知りながら現金四、〇〇〇円の供与を受け、

二、岩崎候補に当選を得しめる目的をもつて、

(一) 同月一二日頃、同県同郡美土里町大字横田一四六二番地の一被告人三雲義彦方において、同人に対し、前同旨の依頼をなし、その報酬等として現金三万円を供与し、

(二) 前同日、前同町大字北一三五一番地被告人頼実亮之助方附近において、同人に対し前同旨の依頼をなしその報酬等として現金一万円を供与し、

(三) 同月一八日頃、前記三雲義彦方において、同人に対し、前記同趣旨の下に現金五、〇〇〇円を供与し、

(四) 前同日頃、前同町大字北所在北農業協同組合において、前記頼実亮之助に対し、前同趣旨の下に現金五、〇〇〇円を供与し、

第九、被告人打坂実は、

一、同月一二日頃、同県同郡高宮町大字川根二七三八番地の自宅附近において、難波績夫から前同旨の依頼を受け同人が平原敏一と共謀のうえその報酬等として供与するものであることの情を知りながら現金二万円の供与を受け、

二、岩崎候補に当選を得しめる目的をもつて、

(一) 同月一五日頃、同県同郡高宮町大字佐々部字上式敷附近を進行中の乗合自動車内において、辻駒右三に対し、岩崎候補のため投票並びに投票取纒等の選挙運動を依頼し、その報酬等として現金五、〇〇〇円を供与し、

(二) 同日頃、三次市三次町官有二六番地松月旅館において、増田貞雄に対し、前同旨の依頼をなし、その報酬として現金一、〇〇〇円を供与し、

第一〇、被告人三雲義彦は、

一、被告人谷川国雄から岩崎候補のため投票取纒等の依頼を受けその報酬等として供与されるものであることの情を知りながら前記第八の二(一)および(三)記載のとおり二回にわたり現金合計三万五、〇〇〇円の各供与を受け、

二、岩崎候補の当選を得しめる目的をもつて、同月一四日頃、同県同郡美土里大字横田一四六二番地の一の自宅において被告人藤川定夫に対し、同候補のため投票並びに投票取纒等の選挙運動の依頼をなしその報酬等として現金五、〇〇〇円を供与し、

第一一、被告人藤川定夫は、前同日、前同所において、被告人三雲義彦から、前記第一〇の二と同旨の依頼を受け、その報酬等として供与されるものであることの情を知りながら現金五、〇〇〇円の供与を受け、

第一二、被告人三雲義彦および同藤川定夫は、

一、共謀のうえ、岩崎候補に当選を得しめる目的をもつて、

(一) 同月一三日頃、同県同郡美土里町大字横田一四一二番地の一の被告人藤川定夫方において、同被告人が上柳卓一に対し、岩崎候補のため投票並びに投票取纒等の選挙運動を依頼し、その報酬として現金三、〇〇〇円を供与し、

(二) 同月一四日頃、前同所において、被告人藤川定夫が下田秀夫に対し前同旨の依頼をなし、その報酬として現金二、〇〇〇円を供与し、

(三) 前同日頃、前同町大字横田二二六番地の二、久保三郎方において、同人に対し被告人藤川定夫が前同旨の依頼をなし、その報酬として現金二、〇〇〇円を供与し、

(四) 前同日頃、前同町大字横田八四一番地住広工方において同人に対し被告人三雲義彦が前同旨の依頼をなし、その報酬として現金三、〇〇〇円を供与し、

(五) 同月一八日頃、前同町大字横田三三六六番地の一幸部吾郎方において、同人に対し被告人藤川定夫が前同旨の依頼をなし、その報酬として現金一、〇〇〇円を供与し、

(六) 同月二〇日頃、前同町大字横田一四六三番地の一農業協同組合油倉庫において、中川信一に対し被告人藤川定夫が前同旨の依頼をなしその報酬として現金一、〇〇〇円を供与し、

二、幸部吾郎と共謀のうえ、岩崎候補に当選を得しめる目的をもつて、同月二〇日頃、前同町大字横田二九六五番地の一、六箱篤一方において、同人に対し幸部吾郎が前同旨の依頼をなし、その報酬として現金一、〇〇〇円を供与し、

第一三、被告人頼実亮之助は、被告人谷川国雄から前記第一〇の一と同旨の依頼を受け、その報酬等として供与されるものであることの情を知りながら前記第八の二(二)および(四)記載のとおり二回にわたり現金合計一万五、〇〇〇円の各供与を受け、

第一四、被告人加藤寛策は、同月一九日午後三時頃、同県同郡吉田町大字多治比一、一五九番地の自宅において、新藤郡治から岩崎候補のため同町丹比地区内の投票取纒等の選挙運動の依頼を受け、新藤郡治が平原敏一と共謀のうえその報酬等とし交付するものであることの情を察知しながら差し置かれた現金一万五、〇〇〇円のうち一万円の交付を受けるとともに岩崎候補に当選を得しめる目的をもつて、

一、同月二〇日頃、前同町大字多治比六〇五番地古川勲曹方において、同人に対し、情を知らない被告人の長女加藤公栄(昭和二一年一月二日生)および古川の妻古川富士枝を介し、前同旨の依頼をなし、その報酬として現金五、〇〇〇円を供与し、

二、前同日頃、前同町大字多治比三、六九一番地三上一基方において、同人に対し、前同の依頼をなし、その報酬として現金五、〇〇〇円を供与し、

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

一、(適条) (一) 被告人吉原猛、同児玉猛夫、同住田富佐登、同小嶋倉七、同師岡清美、同高杉誠三、同藤川定夫(判示第一一)、同頼実亮之助および同加藤寛策の判示各行為は、いずれも公職選挙法第二二一条第一項第四号に該当し、

(二) 被告人品川正慶の判示第四の一の各行為は、いずれも同法第二二一条第一項第四号に、その二(一)の各行為中事前運動の点はいずれも同法第二三九条第一号、第一二九条に、その(イ)の点は同法第二二一条第一項第一号に、その(ロ)の点は同法第二二一条第一項第五号第一号に、その(二)ないし(六)の各行為は同法第二二一条第一項第一号に各該当するが、事前の選挙運動と金員供与または交付とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段、第一〇条により重い後者の刑に従い、

(三) 被告人谷川国雄の判示第八の一の各行為は公職選挙法第二二一条第一項第四号に、その二の各行為は同法第二二一条第一項第一号に該当し、

(四) 被告人打坂実の判示第九の一の行為は、同法第二二一条第一項第四号に、その二の各行為は、同法第二二一条第一項第一号に該当し、

(五) 被告人三雲義彦の判示第一〇の一の各行為は、同法第二二一条第一項第四号に、その二の行為は、同法第二二一条第一項第一号に該当し、

(六) 被告人三雲義彦および同藤川定夫の判示第一二の各行為は、同法第二二一条第一項第一号、刑法第六〇条に該当し、

(七) 被告人加藤寛策の判示第一四の各行為は公職選挙法第二二一条第一項第一号に該当する。

二、(併合罪加重) 被告人らの右各罪については、いずれも懲役刑を選択し、被告人品川、同谷川、同打坂、同三雲、同藤川、同頼実および同加藤の各罪は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条、第一〇条により犯情(最も)重いと認める被告人品川については、判示第四の一、(一)、同谷川については、判示第八の二、(一)、同打坂については、判示第九の一、同三雲については、判示第一〇の一のうち判示第八の二、(一)に照応するもの同藤川については、判示第一一、同頼実については判示第一三のうち判示第八の二、(二)に照応するもの、同加藤については、判示第一四の二の各罪の刑にそれぞれ法定の加重をしたうえ被告人らを主文第一項の刑に各処し、

三、(執行猶予) 被告人らの各情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、刑法第二五条第一項第一号を適用し、主文第二項のとおり右各刑の執行を猶予し、

四、(追徴) 被告人加藤を除く爾余の被告人らが各判示のとおり収受した利益は没収することができないから公職選挙法第二二四条後段により主文第三項のとおり右各被告人らから同項掲記の価額を追徴し、

五、(公民権停止期間の短縮) 被告人住田、同小嶋、同吉原、同高杉、同加藤、同頼実、同児玉および同師岡に対しては情状により同法第二五二条第三項を適用し主文第四項のとおり選挙権および被選挙権を有しない期間を短縮し、

六、(訴訟費用) 訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文(被告人谷川、同小嶋、同打坂および同頼実)または同法第一八二条(被告人三雲および同藤川)に則り主文第五項掲記のとおり右各被告人らに対しその全部をそれぞれ負担させる。

(被告人世羅および同加藤を除く被告人およびその弁護人の主張に対する判断)

一、右被告人および弁護人らは、いずれも前示金員受供与またはおよび供与の趣旨を否認し、その理由として、

(一)  被告人吉原(および弁護人―以下これに同じ)は判示金員は、選挙運動期間中における弁士としての報酬および実費弁償として概算渡を受けたもので、

(1) 同年四月八日、一二日および一七日の三回にわたり交通費計八、八四〇円を出捐し、

(2) 報酬および茶菓料計七、四五〇円の請求権があり、

判示金員は、これらの一部に充当した。

(二)  被告人児玉、同住田、同師岡、同高杉および同頼実は、いずれも選挙運動に従事する実費弁償の概算渡として受領した。

(なお、被告人住田は、その後全額を返還した。)

(三)  被告人品川、同打坂、同三雲および同藤川は、いずれも、各判示受供与の金員については(二)と同旨であり、供与の分については、実費その他の労務報酬の概算渡として交付したもの。

(四)  被告人小嶋は、(一)と同旨であつて、

(1) 交通費として一、二四〇円を出捐し、

(2) 報酬および茶菓料として八、三二〇円、会場費立替金五〇〇円の各請求権があり前示金員は、右合計一万六五円の一部に充当した。

(五)  被告人谷川国雄は

(1) 判示第八の一、(一)の金員は選挙運動期間中における選挙事務の補助者としての労務報酬として受領したもの、

(2) その(二)の金員は、被告人が選挙運動に従事中、スクーターの故障を修理し、昭和三四年四月一七日修理代四、四七〇円を支払つた費用の弁償として受領したもの、

(3) 判示第八の二の各金員は、いずれも選挙運動費用の概算渡として交付したものである。

旨主張する。

二、選挙運動のための実費弁償については、選挙運動に従事する者または労務者に対しては法定の実費弁償および報酬を支給することができることになつており(公選法一九七条の二)この実費弁償および報酬を支給してもまたは給付を受けても供与罪または受供与罪が成立しないことは勿論であつて、本件選挙の執行についても、広島県選挙管理委員会が定めた一定額があることも明らかである。(昭和三〇年一月二六日同委員会告示第四号、広島県公報同日付号外参照)

しかしながら実費弁償といつても、選挙運動のため交通費、宿泊料および弁当料等の費用が客観的に現実的に出捐されていない以上、たとえ、前示所定金額の範囲内であつてもこれを選挙運動者に支弁することは許されない(福岡高裁昭和二九年一一月一三日判決、高裁刑事判決特報二六号六七頁参照)。すなわち、たとえ実費の性質を含んでいるものであつても、前払は原則として許されず、したがつて実費の弁償または労務者に対する報酬を前払するには、前渡の当時その使途が、その種目金額等によつて具体的に予定され、かつ、それが正当な実費または報酬であることが後日領収書その他の資料によつて証明され得るような方法で支給されなければならないものというべきである(広島高裁松江支部昭和二八年七月三〇日判決、高裁裁判特報三巻八号三五九頁参照)。また選挙運動に関する支出は、立候補準備の費用および電話による選挙運動費用を除き、原則として、出納責任者でなければすることができず(同法一八七条一項本文)出納責任者は、その支出については、領収書を徴するとともに(同法一八八条一項本文)、これを会計帳簿に記載して選挙管理委員会に届出なければならない(同法一八九条)とされているのである。

三、これを右各主張につき検討するに、前掲各関係証拠によれば右各被告人らの各取得金員は前叙の実費弁償の受領または、および給付であるとは認め難い。

すなわち、(一)(イ)判示各金員は、元来、本件選挙の総括主宰者であつた平原敏一が法定選挙費用とは別個に、自ら準備調達した約三〇万円を運動資金源として、そのうちから選挙事前に、または選挙運動期間中に違法に支出したものであり、(ロ)被告人らが実費弁償または報酬の前払を受けるにつき前叙の方法により支給されたものではなく、(ハ)被告人ら大半が従前から選挙運動につき或る程度の知識と経験があり、本件選挙においても選挙事務所には予め用意した法定選挙費用領収証用紙(昭和三五年押第六六号の一五)が備付けられていたにかゝわらず、前示金員の取得に際し全くそれが作成されていないのは勿論、右選挙事務所出納責任者山県正一の広島県選挙管理委員会宛の「選挙運動費用収支報告書」にもその主張の金員につき何らの支出記載がない。

(二) そのほか

(1)  被告人吉原の(1)の主張については、その主張の交通費の点については、証人沖田猛の当公判廷における供述および「芸北タクシー運行報告書」によれば、一応その主張の日時金額の存することが認められるけれども、右報告書によれば、その料金が支払はれたのは、いずれも同月二三日となつているのみならず、右被告人の検察官に対する(第一回)供述調書によれば、被告人主張の日のうち四月八日は、選挙事務所を訪ねたのみであり、同月一二日および一三日は婚礼宴の取り込みのため応援演説には出席しなかつたとするのであり、さらに、その主張の金員中、一部は告示に先立つて前記平原から供与されているのである。

(2)  被告人谷川の(2)の主張については、同被告人の当公判廷における供述および被告人宛の「納品書」(広島新菱自動車株式会社名義)(前同号の一八)によれば、その主張の頃、主張のような金額の修理納品のあつたことは窺知できるけれども第七回公判調書中証人平原敏一の供述記載によれば、右代金の支払時期が明らかでないばかりでなく、被告人の検察官に対する(昭和三四年五月二〇日付)供述調書によれば、判示金員はすべて供与を受けた後、酒代等に費消したとするのであつて供述の前後に甚しい矛盾がある。

(3)  被告人住田については、同被告人が判示金員を同年四月二八日頃、岩崎候補方へ持参返還したことは認められるが前掲証拠によれば、同被告人は、前示受供与後該金員を一時自己の用途に費消しているのであり、右金員は、前記のとおり、本件公職選挙法違反の捜査開始後急遽、同額を岩崎方応接間へ持参して返還したもので、一時的にも被告人の所得に帰し該利益の享受があつた以上、本件受供与罪の成否に影響はないものといわねばならない。

以上のとおりであつて、被告人らの大半が前記平原の積極的かつ違法な選挙運動に禍いされ、いわば受身の形において行きがゝり上供与を受け、または供与したものであつたとしても、量刑上斟酌される点は格別、右被告人らの各行為の違法性に消長はなく、したがつて右被告人らの各主張は、いずれも採用できない。

(被告人加藤寛策に対する訴因とその判断等について)

一、被告人加藤寛策に対する公訴事実第一は、「被告人は、昭和三四年四月二三日施行の広島県議会議員選挙に際し、同県高田郡から立候補し、当選した岩崎譲亮の選挙運動者であつたが、同月一九日頃、同郡吉田町大字多治比一一五九番地の被告人居宅において、新藤郡治から同候補者のため投票取纒等の選挙運動の依頼を受け右新藤郡治が平原敏一と共謀のうえ、その報酬並びに買収費等として供与するものであることの情を知りながら現金一万五千円の供与を受けたものである。」というにある。

被告人および弁護人は、右事実中一万円を受領した事実のみを認め、それは、新藤郡治から、高田郡丹比地区において遽に個人演説会一〇か所を開催するため被告人、古川勲曹および三上一基の三名に、その世話を依頼し、その費用弁償の前渡金として一万五千円を交付するとの申出を受けたが、被告人としては、自己の出費は自弁する予定で、右全額の受領は拒絶し、同月二二日、そのうち五、〇〇〇円は選挙事務所に返還したものである旨主張する。

二、よつて按ずるに、公職選挙法第二二一条第一項第一号、第三号または第四号にいわゆる供与とは、右条項所定の目的で金銭等を交付して所有権を取得させ或いは財産上の利益等を得させることをいい、したがつて、これが交付を受けたものにおいて前条項所定の受供与罪が成立するためには、右供与の目的を認識しながらその金品を自己の所有とする意思で交付を受けてその所有権を取得し、或いは財産上の利益を得る意思で所持を取得しその利益を享受した場合を意味すると解するところ、前掲関係証拠によれば、被告人は、前判示の日時新藤らの来訪を受け、一旦差出された一万五、〇〇〇円の受領を強硬に拒絶したが、同人らが退去直前に至り、僅かの間に、居室煙草盆の下に右一万五、〇〇〇円を差し置き急遽その場を立去ろうとしたため、被告人がこれに気付き重ねてその受領を拒絶し返還しようとしたところ、右新藤らは、これを無視して、被告人方附近のバス停留所に走り、被告人としては、当時の四囲の状況から強いて追跡返還の挙に出ることを躊躇しているうち、間もなくバスが到着し前同人が引き揚げてしまつたことおよび被告人は、そのあと右金員の処置に窮したがとりあえず右選挙運動に協力する意思を表明する手段と右金員中一万円のみの交付を受けるとともに前判示(第一四の一および二)のとおり、各供与をなし、自らは一切の金品を受領せず、右残額五、〇〇〇円をそのまま封筒に入れて保管し、被告人主張の頃、被告人居住地区公会堂において催された岩崎候補応援演説会の機会を利用してその運動員谷川仁助を介し右金員を返還したことが認められる。右事実によれば被告人は右五、〇〇〇円については終始自己の所有とする意思がなかつたのはもとよりその所有権を取得し或いは財産上の利益を享受したものではないから右金員は供与を受けたといえないのはもとより、その交付を受けたものということはできない。(なお、右事実認定については、後掲広島地裁昭和三四年一二月二二日判決判示第二の事実参照)

三、ところで、被告人に対する訴因は右金員全額に対する受供与と前判示供与の二罪として公訴が提起されたものであるが、金品等の交付を受けた者が委託の趣旨に従つて他に供与したときは、金品等受交付の行為は金品等供与の行為の一過程に過ぎないから当然その供与罪中に吸収されて別罪を構成しないものと解すべきである(大審院昭和一二年三月五日判決、刑事判例集一六巻二三六頁、仙台高裁昭和二八年五月一五日判決、高裁刑事判決特報三五号二八頁参照)から、右起訴にかかる受供与罪中一万円については独立一罪としての評価を受けないこととなり、さらにそれ以外の五、〇〇〇円については、これが受交付を認められるときは、その罪数をどのように評価すべきかの問題を生ずるが、本件については前叙のとおりその成立を否定し結局この部分については犯罪の証明がないことに帰するので刑事訴訟法第三三六条後段により無罪の言渡をすることとし、前示吸収関係部分については、当裁判所の判断を前提とし、一罪の一部に関するものとしてとくに主文において無罪の言渡をしない。

なお、以上の認定については訴因罰条の変更または追加を要するかが問題となるが、前示同一条項内において受供与の事実を受交付のそれに縮小することは被告人の防禦に実質的な不利益を及ぼす虞はないのみならず、右認定の結果は既に被告人らの極力主張し立証に努めたところであるからとくに刑訴法第三一二条の手続を要しないものと解する。

四、被告人らは、本件供与の金員は演説会場費用並びに実費弁償概算の前渡金として交付したものである旨主張するが、それについて、既に被告人谷川国雄ほか一一名に対する判断に示したとおりであり(その二および三の(一)参照)、被告人の右主張もまた採用できない。

(被告人世羅義夫に対する無罪理由)

一、被告人世羅義夫に対する公訴事実は、「被告人は、昭和三四年四月二三日施行の広島県議会議員選挙に際し、同県高田郡から立候補し当選した岩崎譲亮の選挙運動者であつたが、同月一四日頃、同郡吉田町大字吉田一三三一番地の被告人居宅において、平原敏一から同候補者のため投票取纒等の選挙運動の依頼を受けその趣旨の下に供与されるものであることの情を知りながら現金一万円の供与を受けたものである。」というにある。

被告人および弁護人はこれに対し、右受供与の事実を否認し、右は、その日時頃、平原が被告人方を訪ね、当時三九度余の発熱で病臥中の被告人の居室に入り、足許附近にあつた棚の上に前示金員を置いて帰つたもので、被告人としては受領の意思はなかつたが、選挙運動期間中にこれを返却すれば非協力者又は裏切者の汚名をきる虞があるので選挙運動終了後返却する意思で保管していたに過ぎない。然るに、右金員は選挙終了後直ちに平原が逮捕されたため現実に同人に返却する機会を逸したまま箪笥に入れて保管していたところ、警察官の捜索を受け提出したものであると主張する。

二、そこで以下これにつき検討する。

(一)  まず、右金員が被告人方に持参された当時の前後の客観的状況をみるに、第八回公判調書中証人平原敏一の供述記載、第五回公判調書中井上敏夫および同世羅絹子の各供述記載、井上敏夫の司法警察員に対する供述調書、被告人の検察官に対する供述調書(昭和三四年五月三〇日、三一日付)および被告人の当公判廷における供述を総合すると

1 被告人は、昭和三四年四月一三日、井上医院で医師井上敏夫に感冒の診察治療を受けたが、翌一四日から一七日までは、自宅奥六畳の居室兼寝室に臥し、井上医師の往診治療を受け、当時同人の体温は、一四日午前三七・二度、午後三八度、一五日午後四時ないし五時頃、三九・五度、一六日午後三七・六度であり、妻絹子も同月一〇日頃から感冒にかかり、前記井上医師の診察治療を受けていたところ、同月一四日には被告人とともに前同室で病臥し、井上医師は同女をも往診治療したが、翌一五日には妻絹子は起床して家事に従事できるように回復し、前同室には被告人のみが前叙のように発熱したまま病臥していたこと。

2 平原が被告人の居室を訪れたのは、同人が一人で病臥していた日の午後六時頃のことであり、したがつて、その日は前示事実からして四月一五日であり、井上医師が往診して帰宅して後のことであること。

3 当時は感冒が流行し、前叙のような発熱状態では床から起き上ることも苦痛で、外来者に対する応接も伏床したままでなければならないのみならず正常な会話応答は困難であること。

4 平原は、単身右被告人の居室に至り、立つたまま見舞の言葉を述べるとともに所携の千円札一〇枚(昭和三五年領置第六六号の一四)を二つ折にして差出し、同室入口附近にあつた本箱の上に差し置き、今回の選挙関係費用に流用する趣旨を伝えたが、被告人としては右金員を確め得ないのはもとより、それを受領するについて積極・消極いずれにも明示的な表示をする暇もなく、かつ思考力が減退しているままで平原は直ちに退去したこと。

5 右金員は、その翌日頃、後記富吉正および徳山博が被告人の居室へ病気見舞に来るまでそのまま前示本箱の上に放置してあつたこと。

(二)  つぎに、右金員につき被告人がとつた処置およびその後の経緯をみるに、第五回公判調書中証人徳山博の供述記載、第六回公判調書中証人富吉正の供述記載、被告人の当公判廷における供述および被告人の当公判廷における供述並びに司法警察員作成の昭和三四年五月九日付捜索差押調書および押収してある千円札一〇枚(昭和三五年領置第六六号の一四)を総合すると、翌一六日正午前頃、被告人と昵懇の友人である富吉正および徳山博の両名は、相次で前記被告人の居室を訪ね、同人の病気見舞を述べ併せて選挙の話題に及んだところ、被告人は前記金員の処置につき両名にはかり、両名はいずれも、右金員が受領すべき性質のものではなく平原に返却すべきことを話し、被告人にしてもこの意見に賛成し、いずれ機会をみて平原に返還すべく決意し、当日夜頃、右金員は被告人において自己の財布に入れ同室の洋服タンスの抽斗中に収納したことおよび同月一八日頃以降は外出もし選挙の情報等を聞くなどして期日を経過し、右金員は平原に返却すべくその機会をまつていたがそのまま期日を徒過しているうち、選挙執行の翌日である同月二四日平原が公職選挙法違反の嫌疑により逮捕されたため、これが返還の機会を失い、同年五月九日午前九時過ぎ警察官の捜索差押により前記洋服タンスの洋服ポケツト内から前記金員在中の財布を押収されたものであることが認められる。

(三)  さらに、被告人の岩崎候補に対すを選挙運動関係などについてみるに、前掲証拠によれば、被告人は従前から故松本滝三元衆議院議員を支持し、同系統に属しかつ特殊な親密感から岩崎候補に対しては、同候補が広島県議会議員に立候補した初回(昭和二一年)以来応援支持し、ことに自己経営の旅館の応接室を同候補選挙事務連絡用に無償提供している程であつて、従前から金員の授受を受けるようなことなくその選挙運動を推進していた被告人としては、平原が度を過ぎた熱心さの余り被告人ら旧来の支持応援者を疎遠にしがちであることに不快の念をすら抱きまた前示金員の提供について迷惑を感じていたことが窺知できる。

(四)  以上の事実のうち問題となるのは、(1)被告人が富吉および徳山に前示金員の処置をはかつたこと並びに(2)病気回復後、右金員を前示押収に至る以前何らかの機会に、何らかの方法をもつて返還できたのではないか。いいかえれば、右(1)は、被告人において既に判示した意味において供与を受け、単にその処分を前記両名に協議したもの、(2)は供与を受けていたため敢て期間を徒過しこれを秘匿していたものではないかということである。

選挙運動を依頼されて金員を受取つた者が、その受領を断固拒否し、または返還できたのにかかわらず事件の発覚まで長期間これを秘匿していたときは、その金員を自己の所有とする意思で交付を受けたものと認めるのが相当である(東京高裁昭和二九年四月二七日判決、東京高裁判決時報五巻四号一四〇頁参照)。しかしながら、被告人が平原から前示金員を差置かれた際、その受領を断固拒否し得ない状態にあつたことは前認定のとおりであり、富吉および徳山に右金員の処置をはかつた点も右前後の事情、被告人と右両名との親密度および前叙のような従前からの被告人の岩崎候補に対する支持、選挙運動からして、当時既に被告人が右金員を自己の所有とし或いは財産上の利益を得る意思で所持を取得したうえその処分方法のみを協議したとするにはその会話内容自体に具体性を欠き、疑わしいものといわねばならない。また、右金員の返還については、とりわけ被告人経営の旅館応接室を選挙事務連絡用に提供していたのであるから平原来室の機会があつたとすれば、その際を把えて返還できたのではないかが疑われ、また右金員の収納個所も当初は洋服タンスの抽斗中に納めていたとするものが、押収の際は、同タンス内洋服ポケツト内にあつた事実についてもその間に場所をかえ秘匿を図り或いはその金員の利用があつたのではないかにつき詮索を要するところ、右前段の点については、前叙のような被告人の岩崎候補支持と平原に対する前示デリケートな感情を考え併すと右選挙期間中の数日間に直ちに、強いてその返還を要求すること自体に形式的画一性をもつて律するそしりを免れないものというべく、後段金員所在個所の点については、かりにそのように場所的移動があつたとしても、要するに洋服タンス内の一部分に過ぎずこれをもつて秘匿というには未だ足らず、右金員が終始同一性を有すると窺知できることは前掲証拠により明らかであるから右所持の期間中に被告人が他に使用処分したといえないのはもとより、ことさらな利益を享受したということもできない。

三、なお、供与罪が成立するためには、供与の申込みだけでは足らず供与の申込を受けた者がその供与の趣旨を認識してこれを受領することを要すとすること判例であり(最高裁昭和三〇年一二月二一日決定、最高裁刑事判例集九巻一四号二九三七頁参照)、したがつて供与罪は、相手方の受供与行為と相まつて成立する必要的共犯であると解するところ、前示平原敏一については、昭和三四年一二月二二日、広島地方裁判所において、本件被告人に対する金員授受につき供与罪の成立を認めた有罪の判決があり、該裁判は、同三五年一二月二三日確定していることが記録上明らかであるが、右裁判は、昭和三四年七月八日本件とは分離のうえ審判されたものであつて、別個の裁判所により、異別の審理を経たものである以上、右審判の結果は本件審判に影響を及ぼさないものというべきである。

以上のとおりであるから同被告人に対する本件訴因は、結局犯罪の証明がないものとして刑事訴訟法第三三六条後段により無罪の言渡をする。

(裁判官 田原潔)

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